1月放映の「洋館三人組編・最終回シリーズ」や先日発売の「なかよし連載分を飛ばして、アニメの要約である描き下ろしを掲載した単行本」など、今年に入ってから、「プリキュア」関連ではやや消化不良な気分です。
もちろん、この一年間で「プリキュア」から得たいろいろな物から考えれば、このくらいの期待はずれは誤差の範囲内ではあります。しかしながら、この二件に通じる「製作側のミス」を感じたので、理屈っぽい文章になりますが、書いてみました。
二つに共通するのは「闘いの描きすぎ」でしょう。1月のアニメは、9日放映の第46話でこの話で二度目の変身をしてから、30日放映の第49話でジャアクキングを倒すまでの約3話分、変身しっぱなしでした。いくらなんでも長すぎます。基本的にプリキュアの構成は「学園ドラマ→敵の乱入→変身して闘う」でした。それが、この期間、前段の二つが描かれる事がありませんでした。「暴れん坊将軍」で言うならば、丸々3時間、上様の「成敗」ばかり放映しているようなものです。いくらその場面が毎週のクライマックスとはいえ、それだけ続けば食傷してしまうでしょう。
一方、単行本の構成もかなり「闘い」に偏していました。なかよし連載の上北ふたごさんの漫画は「戦闘は描かずに日常を描く」という、戦闘アニメの漫画版としては「革新的アイディア」(上北さん・談)でした。にもかかわらず、戦闘場面を主とした「アニメのダイジェスト」の描き下ろしが約3/4を占める「戦闘漫画」になってしまいました。
そこまで、戦闘を描かねばならない理由があったのでしょうか。もちろん、アニメの中には戦闘を軸にした話もありました。しかしそれよりむしろ、異質な二人の友情を軸に描かれる、様々な人間模様のほうが「プリキュア」の特徴になっていたのではないでしょうか。たとえば、名作として名高い第8話においての「今、大事なお話し中!」などは、戦闘を主眼においた話作りをしていたら、絶対に生まれなかった名セリフだと思うのですが。
とにもかくにも、これだけ素晴らしい登場人物・設定・漫画家に恵まれた作品が、「殴る蹴るがあるのが特徴の美少女戦士もの」で終わってしまうのは残念すぎます。「マックスハート」では、ぜひとも、「闘うより抱き合いたい」の精神で、面白い人間模様を描いてほしい、と願う限りです。