杏子との探検、マミさんとの闘い、さやかとの会話を経て、ほむらは真相に気づきます。
その事実に、ほむらは愕然とします。しかしながら、それはあくまでも、この「作られた世界」の中の、ほむらの話です。
むしろ、その世界を作った「本当のほむら」にとっては「計算通り」とも言える展開だったように思われます。
そのあたりの終盤および、全般の感想について以下に書きます。
自分のいる「ありえない世界」を作った「犯人」を探していた、ほむらがたどり着いた結論は、「この世界は、魔女化した自分が作った結界だった」という事でした。
まどかが「神化」した事により、改変された世界では、「魔女」という存在は生まれる前に消える、というシステムになっていたはずです。
その設定については、これまでの「ほむらの作った世界」では言葉を発しなかった、キュウべえが明かしていました。
TVのラストシーンで、改変された世界において、ほむらが改変前の「魔女」があった世界についてキュウべえに説明する場面がありました。
その時のキュウべえの反応は、「そんな世界だったら自分の仕事には便利だが、いかんせん現実と違う」という感じでした。
しかしながら、その裏で、ほむらの話に興味を示し、ほむらを使って「魔女」の実験をしようと企んでいました。
そして、「神まどか」に見つからないように、ほむらを魔女化寸前の状態にし、結界を作らせるのに成功した、というような説明だったと思います。
率直に言って、この設定はちょっと苦しいと思いました。
TVにおいてのキュウべえは、自らの使命のために、出会った少女をくどいて魔法少女にし、冷徹な現実をつきつけながら、魔女にしてエネルギーを得る、という行為を繰り返していました。
その範疇から外れたことはしていません。たとえば、魔女化よりもっと効率的にエネルギーを回収する方法の探求、などはしていませんでした。だからこそ、「人類が洞穴で暮らしていた時代」から、ずっと同じ事をし続けていたわけです。
それが、世界が書き換えられたら、「より効率的なエネルギー取得の方法を実験する」などという「カイゼン」を始めた、というのは、キャラがブレているのでは、と思いました。
また、これだと、結局、まどかの望んだ「世界中のあらゆる魔女を生まれる前に消し去る」が失敗した、という事になってしまいます。
もっとも、これについては、「神まどか」といえども全知全能ではなかった、と解釈すればいいのかもしれません。この後、同様に、「神まどか」が失敗する場面が出てきます。
結果的に「神まどか」にも限界があった、という事なのでしょう。TVのOPでは、「ドジっ娘魔法少女」としての、まどかが描かれています。今回の、まどかの「失敗」は、あの描写の「神まどか版」だったと思うことにしました。
話のほうですが、魔女化した、ほむらに対し、四人の魔法少女、さらにはべべの姿から魔法少女に戻った百江なぎさの五人が挑みます。
戸惑う、まどかに対し、さやかが「さっき言った通りにやればいい」と作戦を指南していました。
そして、さやかは再び杏子とコンビを組みます。記憶操作から回復した杏子は、さやかに「あんたが死んだ夢を見た」と言います。
それに対し、さやかは真相を語り、同時に、これまでの「ほむらの中の世界」で自分だけ真相を知りながら、それを杏子にも隠していた事を謝りました。
このあたり、細かい台詞は覚えていません。ただ、杏子が、それよりも、元気なさやかと再び会えた事を喜んだこと、およびともに手を強く繋いで、闘いに挑んだこと、そしてここでの二人の描写がとても良かった事は強く印象に残っています。
ブルーレイが出たら、この場面を何度も見返すことになりそうです。
そして、まどか・マミさん・百江なぎさもあわせ、五人で闘いました。
魔女化した、ほむらの描写ですが、魔法少女の姿をベースにしていました。また、「メガほむ」をモデルにした使い魔が軍隊のように整列して動いていました。それぞれ、銃を持っているのですが、「メガほむ」をモデルにするなら、ゴルフクラブを持たせればいいのに、などと思いました。
そして、魔法少女たちが勝利を収め、結界の外にいた、ほむらが描かれます。
それを、本来の姿に戻った、まどかが迎えにいきます。それを先導するのは、さやかと百江なぎさです。
一連の説明によると、魔女化した、さやか・なぎさは、まどかに救済された後、「まどかの使い」的な存在になっていた、とのことでした。
今回の件も、ほむらが作った世界に入るさい、まどかはあえて「神」としての記憶を捨てていました。そして、さやか・なぎさは、このような自体になった際に、まどかの記憶を呼び覚ます役目を担っていたとのことです。
これを知った時は、「デビルマン」に置き換えると、まどかがサタン=飛鳥了で、さやか・なぎさがサイコジェニーの役回りなんだな、などと思いました。
そして、まどかが、ほむらを「円環の理」に導こうと近寄ります。ところが、それは、ほむらに取って別の意味でも「待ちに待った時」でした。
自分を迎えに来た、まどかを抱きしめ、そのまま、「神」の部分から引き剥がしてしまったのです。
それにより、再度、宇宙の書き換えが行われました。驚くキュウべえに対し、ほむらは自分の事を「悪魔」と言いました。
そして翌日、町中を使い魔が歩きまわる中、登校シーンになります。
さやかは、ほむらの事を糾弾しますが、ほむらは「元の人生に戻った事をむしろ感謝しなさい」と言いました。そして、話しているうちに、さやかも、「神まどかの使い」だった記憶が消えてしまいます。
なお、これまでの「ほむらが作った世界」から、現実世界に戻ったため、ほむらは、TV最後の場面同様、まどかがつけていた、赤いリボンをつけていました。
そして、そこに二人で来た、恭介と仁美に挨拶します。そして、二人と再び話せる事を喜んでいました。二人は不思議がりますが、それを「あたしは不思議ちゃんだから」などとごまかしていました。
そうこうしながら、皆が登校し、ホームルームが始まります。早乙女先生は、懐かしの(?)目玉焼き話をしたあと、転校生の紹介をしました。
そして、そこに入ってきたのは、黄色いリボンをつけた、まどかでした。親の仕事の関係で三年間行っていたアメリカから戻ってきた、との設定でした。
その、クラスメートから質問攻めにあう、まどかを、ほむらは廊下に連れ出します。
ここで語った台詞もきちんと覚えていないのですが、要は「『悪魔』の力でもたらされたこの世界に安住するか、秩序を重んずるか」というような内容でした。
そして、まどかが秩序は大事、みたいな返事をすると、自分がつけていた、赤いリボンを、まどかに「返却」します。続いて、「いつかあなたと闘う事になるかも」と言いました。
ここでエンディングが流れます。続いて、エピローグとして、ほむらが海辺から落ちる場面と、彼女にボコボコにされたキュウべえが描かれて、終わりました。
「ほむらの悪魔化」という終盤の展開には、いろいろな意見があるようです。
確かに、最初に自ら「悪魔」と名乗った時は、自分も意外に思い、かつ驚きました。
しかしながら、終わった後に思い返すと、確かに「神まどか」に対抗するには「悪魔」になるよりないよな、と思いました。
また、まどかが「神」になるほどの力を得たのは、ほむらの時間遡行により、何重にも因果が絡んだためなわけです。ならば、その「神まどか」に対抗する力を持ちうるのも、ほむらの他にはいないでしょう。
そうやって考えていくと、本作の主題である「叛逆の物語」=「神まどかによって作られた新たな世界に対する叛逆」を成就するには、この展開以外にはなかった、と思えてくるようになりました。
TVの12話を見終わった時、「ほむらに取っては、『まどか死亡』と『まどか魔女化』のバッドエンドしかなかったが、それに新たに『まどか神化』というバッドエンドが追加されただけだ」と思っていました。そういう事もあり、今回のオチは、ほむらにとっては、ある意味唯一とも言える「ハッピーエンド」なのかも、と思いました。
また、「悪魔」になったからといって、ほむらはキュウべえ相手以外には何ら「悪事」を働いていません。さやかに於いては、明らかにTVよりも「ハッピーエンド」になっています。
そう考えると、このラストシーンが、この「魔法少女まどか☆マギカ」における、一番幸せな終わり方、なのでは、と思えてきました。
というわけで、話のオチについては、自分的には、非常に納得出来ました。
ただ、あの名作「魔法少女まどか☆マギカ」の後日談として完璧だった、とは思っていません。
TVでは、全12話という制約もあり、非常に話が濃密に、しかも詰め込みすぎずに描かれていました。
それに比べると、この映画は、特に中盤以降は、かなり内容が薄められていたように感じました。
また、杏子の登場シーンの大半が「探偵ほむら」の助手でした。さやかも「神まどかの遣い」描写がほとんどで、元々の美樹さやからしさが、あまり描かれていないように思いました。
もともと、この作品は、五人が全て「主役級」のキャラクターになっています。実際、TV12話の中で、マミさんが主役の話も、さやかが主役の話も、杏子が主役の話もありました。
それに対し、この映画は、ほむらが主役で、他の四人が脇役、となっていました。2時間上映の映画と、24分の話を12回流すTVでの違い、というのがあるのは分かっています。とはいえ、少々勿体なさを感じました。
「閉鎖空間でのバス」や「魔女ほむらの行進」を描く時間を、もう少し彼女たちに割いても良かったのでは、と思いました。
そのような不満点はありましたが、全体的には大いに楽しめました。既に二回見ており、ブルーレイも買う事を決めていますが、もう一度くらい映画館で観たいものだと思っているくらいです。
特に、序盤での、かりそめの世界とはいえ、明るく楽しく魔法少女をやっていた五人が見れたのは嬉しい事でした。
また、最後に、納得のいく形で、ほむらが「最善の結末」を文字通り掴みとったのも満足出来ました。
さらにはそれによってもたらされた、五人が普通に人として暮らす世界が構築された、というのも満足出来ました。
昨年秋、この続編映画が制作されることを知った時は、期待の反面、あれだけ完璧だったTV版の蛇足になってしまうのでは、と危惧してもいました。
しかしながら、結果として、かなり期待に近い形の作品になったと思っています。
果たして、さらなる続編は作られるのでしょうか。現時点では不明ですが、これについても期待8割、不安2割みたいな感じで、待っています。