SS第40話

 舞の誕生日とキントレスキーの退場、という二つの主題がありました。ともにうまく描かれており、一つの話でやるのがもったいないと思ったほどでした。
 舞の話は、幼い頃に描いた絵から始まります。そこから、「舞には秘密で誕生日パーティー」という話になります。ただ、咲の時もそうでしたら、本人に秘密にする意味が今ひとつわかりません。最近の家庭における風習なのでしょうか。
 その「舞に秘密」のほうは、「決起集会」に本人がいつの間にやら混じっている、などというギャグの枕でしかなかったようです。しかしながら、話のきっかけになった「舞の幼少時の絵」については、「舞がなぜ絵を始めたか」については興味深く見ることができました。そして、その舞の「親に自分を伝えたい」というきっかけを知った咲が、舞との画力の差を認識しつつも、舞に絵をプレゼントしようと思った事にも感心させられました。

 早速絵を描き出す咲ですが、なかなかうまくいきません。ただ、その「画力のなさ」と「心をこめて描いている」をきちんと分けて描くところに、制作者の咲に対する愛を感じました。特に最初に描こうとした舞の輪郭を見て精霊達が「茄子」という中、みのりが一発で「舞おねえちゃん」と言うところは見ていて嬉しくなるほど愛を感じました。
 また、「第2稿」についてもキントレスキーが彼独特の価値観ながら、問題点をズバリ指摘します。その結果、完成作が舞に渡され、舞は喜びます。「自分を描いて貰ったのは初めて」としかいいませんが、口には出さないながら、画力とは別の次元にある咲の想いが伝わった事がよくわかりました。

 一方のキントレスキーですが、冒頭でいきなりアクダイカーンに最終通告されて攻撃までされますが、その事態を淡々と受け止めています。そしてゴーヤーンには「腹筋運動のアドバイス」を遺して去ります。さらに、咲の絵にも口頭でアドバイスしたばかりか、わざわざ果たし状にも追伸で助言を入れるという念の入れぶりを見せます。登場時からずっと思っていたのですが、彼の咲と舞に対する言動には、使命とか功名心とは異なる、「同じ戦士としての共感」および「先輩としての親身な助言」みたいなものを感じました。
 そしていよいよ最終決戦に。「最終形態」で筋肉が増量するのは想定の範囲内でしたが、まさかヒゲまで増量するとは思いませんでした。結果的には敗れたわけですが、キントレスキーは戦いに満足して散っていきます。その散り方にも「漢の美学」とも言うべきものを感じさせられました。その物の考え方から笑いの取り方まで、様々な意味でよく描けた敵役だったと思います。

 さて、次回はカレハーンとモエルンバが一気に復活。カレハーンの復活は待ち望んだ所ですが、どう考えても「再生怪人」みたいな扱いでちょっと寂しいものがあります。もっとも、この「復活」が何の伏線なのかはかなり明白なので、それを考えると非常に嬉しいものがあります。

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